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それにしても、なんとすばらしい演奏だったことか!
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はれやかな、かわききった気流にみたされた12月5日、新百合ヶ丘にある昭和音楽大学ユリホールでおこなわれた高橋悠治のコンサートのことだ。・・・あの日から数日経った今も、あざやかに想い出すことができる・・・音響設計の妙味を汲みつくした豪奢なホール、目にやさしい暖色の照明、完璧な空調、高橋悠治のオールドファン、ニューファン・・・よくみがかれたグランピアノの天板に反射するいっさいの鍵盤を手なづける指の動き、彼の短くととのえられた真っ白な髪の毛、黒いラフでお洒落な衣裳・・・そしてゲストのヴァイオリニスト、漆原啓子(うるしはらけいこ)さんの繊細きわまりないフレージングやポップトーンなシャツや彼女のくねくねした動き・・・そして鳴り止まないアンコールの拍手・・・・音楽は?・・・・・申し分ない、誰がなんと言おうと申し分のないものだった。・・・・ヴォルテールだったか、ジッドだったか、ボードレールだったか、アンドレ・マルローだったか、だれが言ったかは忘れたが「すべての芸術は音楽に嫉妬する」・・・僕はこの日の演奏の他において、<音楽>への嫉妬をもったことはかつてない。そう、泣く子も黙る<音楽>である。「世界一幸福な人間」とは論理的にいるはずもないが、かりにその彼が・・・、スコット・フィッツジェラルドの小説の主人公のような彼が嫉妬心で煮えたぎり、血が出んばかりに下唇をかみしめるならば、その嫉妬の対象は、<音楽>を、<音楽そのもの>をおいて他にないだろう。
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以下、演奏曲目を記しておきます
エリック・サティ <7つのグノシェンヌ>
ムツィオ・クレメンティ <ソナタ−捨てられたディド>
ヨーハン・ヤーコブ・フローベルガー <来るべき我が死への瞑想>
高橋悠治 <七つのバラがやぶにさく>(演奏 漆原啓子)
高橋悠治 <オドラーデク>
シューベルト <ヴァイオリン・ソナチネ第三番>(共演)
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(2010-12-09 つづく)