芝居ノート 2


■  森桃子 with Jim O’rourke  『むずかしくしない』
 




アニエス・ヴァルダというフランスの映画監督が撮った『歌う女・歌わない女』という作品がある。「なんと良いタイトルなのか」と、ずっと、多分15年以上思っているのだが、僕はその映画を見たことがない。タイトルが「いい、ステキ、グッとくる」ので「きっと良い映画に違いない」、と思い続けているにもかかわらず、ついつい他の映画を優先して見てしまう、そんな、「ずっと出会い損ねている」映画だ。




「この世には<歌う女>と、そうでない、<歌わない女がいる>」。たぶん、<歌わない女>は人前で歌うことをはずかしかったりしているのだろう。あるいは自分の音痴ぶりを自覚してのことか、歌わないのかもしれない。ちなみに僕は鼻唄をしょっちゅう唄っている。それは煙草を吸うことやお酒を飲むことと同じように、唄っている。(というよりも、それ以上に呼吸の延長にある)。歌は、まあ下手な方だと思う。だから僕は、はっきりいって「歌」よりも「唄」のほうが好きだ。




桃ちゃんは歌う女だ。なぜなら、2010年の10月、急激に寒くなった水曜日の晩に「plan B」で上演された『むずかしくしない』において、ずいぶん、張り切っていろいろな歌を歌っていたからだ。





この一人芝居は過激に曖昧である。ひとつの舞台をものの見事に複数化しているのだ。これはおだやかではない。舞台内容を安易に形容すると、「ポップ・アヴァンギャルド」とも言えるし、「トランス・アヴァンギャルディア」とも言える。そして、ピナ・バウシュと、「ギャル化」したアントナン・アルトーと、インド舞踊と、ゴールデンタイムにやっている歌番組のリハーサルシーンと、もう若いとは言えない歳になった、でも毎日若いと思いこんでいる女の子の、とても、とても、泣けるほどありふれた部屋が渾然一体となったような、そんな「よーわからん印象」が最後までつづいて、とても楽しかった。





女の子の部屋、それはずいぶん散らかっている。ずいぶん散らかっているから、かたずけたくなる。カラフル、とはいいがたい、まさに「雑色の憂鬱」だ。お気に入りのピンク色のライターがどこにあるのかわからない、男にもらった石けんはどこだ?昨日、チュチュアンナで買ったばかりの水玉模様の靴下が見当たらない。でも、食べかけのキットカットのかけらだけが、なぜかテーブルの上でポツンとあったりするのがわかる、そんな部屋だ。




部屋は色とりどりの服で覆われている。パルコのバーゲンで買ったチュニックや、彼か、彼女か、よくわからない誰かにもらったマフラー、名前さえ覚えていないおばさんにもらったヘンな柄のセーター。・・・女の子はまず、服をかたずけなくちゃ、と思う。雑色の・・・灰色の憂鬱と別れるために。・・・たぶん、女の子は歌手をめざしている、というよりもステージに立つことを夢見ている。だからか、服の山からマイクが覗いている。マイクが声を欲している。アイス・キャンディが口を欲しているように、リップクリームが、唇を欲しているように・・・。マイクはいつ、なんどきでも、きっちりとアンプリファーにつながっていて、スイッチをオンにすれば、即座に自分の声が増幅されて大きくなる。





さあ、ほんの少し、赤ワインを飲んで、エクレアをがっつり食べれば、女の子はどんなことだってやって見せるだろう。ヴィヴィッド・グリーンのブラジャーをつけて、紺色のクラシックブルマをはく。あとはいらない。そして、全米ヒットチャートNo.1に輝いたたった一つの日本産歌謡曲坂本九の「上を向いて歩こう」をジム・オルークのアレンジを加えて歌えば、まあ、おっさん連中に受けるに違いないし、ハイティーンの女の子がそれを見ると、きっとジェラシーを感じるにちがいない。・・・ここは私の部屋。どんな恥ずかしいことだってできる。




でも、試しに歌ってみなくては・・・何事もレッスンが重要だ。女の子は歌い出す。歌いながら部屋をかたずける・・・そして、ちょうど60分後、ゴミの山となった服の上で背中を丸めて寝る。「歌う女」はきっとステキな朝を迎えるだろう。明日は雨か、晴れか、曇りか?そんなことはどうだっていい。この、愛おしいゴミたちを始末すればよいだけだ。ゴミ?・・・そう、「塵」ではなく「護美」・・すなわち美を守ること。





舞台暗転・・・数秒後にあかるくなる。26歳の森桃子と、いくつかわからないけど、たぶん、僕と同じくらいか、そんなところのジム・オルークが舞台の左奥でお辞儀をしている。拍手。





桃ちゃんは歌う女だ。ジム・オルークは舞台奥にある床の間のようなスペースでヴォコーダーサンプラーをいじって、オーソン・ウェルズの50年代の特撮SF、『宇宙戦争』のような音響をずっと操作していた。会場を出て、ふだんはまったく行かない中野区の坂道を下る。金木犀の残香と、町の残光。いい夜だった。(2010−10−28)