読書ノート 1







■クラゲの軍事利用



クラゲに思いを馳せる。それは、数ある生物種の中で、あの独特の佇まいが生物種の中での特異体の極北に位置するのではないか、という想念と共にある。超単細胞、無方向性、透明性、反主体性、超感覚回路・・・。いや、正確に云えば、そんな抽象的なことではなく、暇がありさえすればクラゲのイラストばかり書いていた時期さえあった、という理由だけで、クラゲへの興味が持続するようになったのだ。それはコミカルな対象としてのクラゲではあるが、私の「生活術」とともに「擬人化」ならぬ「擬クラゲ化」という事態さえもあった。(「クラゲ擬き」!)とくに街中の雑踏で極端に人目を避けて行き来する(自己のスペース化された動線を確保する)身体像(もちろん私の)から「クラゲ化した私」という瞬間がたまに訪れる、その時にクラゲに対する興味、関心が再反復するといった経緯がここ5年くらいある(とまれ、漢字表記では「水母」となるのが、ことさらに美しい)。
しかし、それがなぜクラゲ化なのかといわれても、私にはわからない。群衆の中の孤独を愛した大家に19世紀末にパリを徘徊したシャルル・ボードレールがいるが、私も「群衆の中の孤独を愛する」その一人だ、と言うに吝かではない。正直言って、孤立したくて(クラゲになりたくて)孤立している(クラゲ化している)きらいがある。そのためには(孤立のポテンシャルを高めるには)群衆が必要であり、なおかつ適度に戯れられる相手が必要である。言わずもがな「群衆の中の孤独」という観念は近代のものである。<孤立願望ー実践>はいささかも儀式じみた行為ではない。儀式どころか、好き勝手にやっているのだから仕方がない。(私の脳裡にあるだろう言語中枢に耳をすましてみると、この次元での<戯れー言語活動>は通常のそれとは別の位相にある。)



さて、ここでみなさんに紹介したいのは『クラゲの光に魅せられて』という書物である。私がこの本を手にした経緯は、先日たんに場末の飲み屋で、薄いビロード地のエンジ色のワンピースを着込んだ女とクラゲについて語っていたからであった。彼女は大学を出たばかりだったが、生物学を専攻していたらしい。どういったタイミングだったのかは忘れたが「クラゲって軍事利用されたことがあるのよ。知ってる?」ということを言った。それが私の頭の片隅に残響となって断続的に響いていた。なにがきっかけだったか、そういうことをふと思い出して、つい昨日「クラゲ本」を狩猟していたのだが、あった、あった、『クラゲの光に魅せられて』である。著者は下村脩(しもむらおさむ/1928年京都府福知山生まれ)である。この人は2008年にノーベル化学賞を受賞したのだが、読んでみると、軍事利用に使われようとしていたのはクラゲではなく、ウミホタルであった。(p.130・・・彼女はひどく酔っぱらっていたので混同していたのであろう。)第二次大戦中、例えば外地ニューギニアのジャングルなどで夜間の兵士の移動時に敵に見つかるのを防ぐためにウミホタルを粉末状にしたものを前の兵士の背中につけて、それを目印にして歩く、陸軍はそういうことをしようとしたらしい(要するに懐中電灯の光は強すぎる)。ほんのわずかな光でメッセージを読むという戦術のカタチのひとつだ。発光生物を化学的に研究していた下村脩氏はオワンクラゲのリング(傘の縁の部位)から発光物質イクオリンを精製抽出する方法を発見し、その副産物として緑色蛍光タンパク質GFP(Green Fluorescent Protein)を発見した。後半の下村氏を囲む鼎談ではGFPがサイエンスの域を出て、医学方面で応用可能な物質であることが強調されている。例えばガン細胞それ自体にGFPを注入し、細胞を発光させることによって、細胞の移動や成長、転移の様態を「動き」として映像把握する(医学界では「イメージング」という語が使われている)、その技術的なことが記されている。鼎談の最後に質問会があり、その模様も採録されている。とある子供がこういう質問する「人間も光らせることができるのですか?」下村氏「できるでしょうね。でも、そういうことはやめておいた方がいいでしょう。」人間をGFPによって光らせることが可能である、ということは一見ファンタジックである。(クリスマスに人間が光っている光景を夢想してしまうし、前衛演劇家なら是非とも身体を内側から光らせるくらいのパフォーマンスを行ってほしいところだ。・・・ちなみになぜ、かつて、あのだらしない女子高生のルーズソックスを警察が奨励したかというと独特のケミカルな素材や白い面積が事故防止に役立っていたからである)。それにしてもノーベル賞に、なぜ「ノーベル映画賞」がないのだろうか。山田洋次などは暇を持て余しているならヨーロッパに移住してノーベル映画賞を作るよう奔走してほしいところだ。1866年、ダイナマイトを発明したその人(当時33歳)は確実に建築(建設現場の造成)と映画(爆破系アクション映画)に貢献した。20世紀モダニズムを最前線で牽引していたのはマクロスコープで見ると「ダイナマイトによる爆破」だったのかもしれない、というのは臆見に過ぎるだろうか、どうだろう。(2009-9-17)










■可能涼介『圧縮批評宣言』



2週間ほど前、自室のドアの前に本が置いてあった。「ご高覧下さい」とだけ書かれた古風な原稿用紙が添えてある。さっそく手に取ってみる、帯に島田雅彦の推薦文が掲げられている、「可能は脳死状態にある文芸批評の蘇生を図り、近代文学の延命に貢献している」・・。数年前、柄谷行人の『近代文学の終わり』が出版されたかと思うと、一方で「近代文学の蘇生」を図る者がいる。この相反した態度の共存に近代文学の、存続価値の是非をめぐる「根深さ」を見て取ることができるだろう。彼が、いわゆる「文壇バー」に顔を出して「不断の売り込み」をかさねているのかどうかは今は知らない(ちなみにまだ隣に住んでいるが)。何度か連行されたことがあるが、夜も更けた頃、島田雅彦が見目麗しき女性を連れてカウンターに腰を降ろした。わりと至近距離だったので、何かボソボソ話していたような気がする。何を話したかはもう忘れてしまったが、突然「煙草を買ってきてくれないか。」と言われ、小銭を渡された。そして「マイルドセブンの10mmグラム、パッケージが一番青いやつね。」との説明を受け、二人して近所のコンビニまで使いに行ったことはぼんやりと、覚えている。さて、『圧縮批評宣言』。この書物が今の文芸界でどういった位置を占め、いかなる批評を誘発するのかは現代日本文学に馴染みがない私には知るよしもない。私見だけ述べておこう。端的にこれは「圧縮」というよりも「解凍」されたものではないか。確かに情報量(固有名詞の量)が多く、扱っているジャンルも「文学」に限定されていない。そして、よくも悪くも作家の気迫、勢いといった姿勢が必要以上に嗅ぎ取られ(これが作家の知性ならぬ作家の云う「血性」なのだとしたらロマン主義的と言わざるを得ない)、どこかしら空疎な印象をもってしまう。その空疎感が「圧縮の充実」というよりも、「解凍されたものの弛緩性」に通底しているような気がする。(例えば現在書店で並んでいる季刊誌『at』リニューアル版の巻頭「マイケルとマルクス」(岡崎乾二郎)のようなテキスト、両者を恣意的にではあれ、媒介させているハンナ・アーレントの引用文、その内容において、圧縮されていると思う)。サブテクストが必要なのかもしれない。、いやサブテクストは読者が勝手に作ってくれ、ということかもしれない。可能がその知性を震うスタイルは、おそらく(例えば)『虚数の情緒』(2000/東海大学出版局)を記した吉田武の方法論、「記憶術」や「過重情報の超合理的マッピング」といったテクノロジカルな方法論的がもたらしたスタイルなのだと推理するが、「論理」と「批評」が一枚のコインの裏表だと確信している私には、<この書は批評を掲げてはいるが、内貫しているのは「論理なき批評」なのだ>と思われる。「批評と論理は不可分である」のだが、分離の度合いが強すぎる、といったところか。そして、結局は「圧縮批評宣言についてのエッセイ(試み)」として読んでしまうのだった。論理の欠如、可能涼介の限界(それを辛辣に言えば不可能性という「甘え」になる)は、この一点につきる。しかしながら、世阿弥道元折口信夫といった古典から坂本龍一ビートたけしなどの文化人(?)、そして劇作家ハイナー・ミュラー、哲人ニーチェが混在する「ややこしい頭脳」が一気に論理という水気を絞り出したスポンジの様に(ようはスカスカな感じで)忽然とフィルタリングされているのには目を見張るべきであろう。この<一気に>という点においては、とりわけ弛緩した物語をダラダラ読ませるだけの「J文学」(あるいはJ文学J批評)よりは評価できる。あと、もっとも良かったのは1995年におこった阪神大震災をめぐるルポルタージュである。日々喪失感に見舞われる「現場への感受性」がここには確実にある。大江健三郎中平卓馬にとっての沖縄、ジャン・ジュネにとってのパレスティナ、ついでに言えば(今は作家ではないが)樫村晴香にとっての「中東」(と、画家の古谷君に聞いた)・・・・。私も震災が起こった翌々日あたりに「是非、この目で見ておこう」との思いから8mmカメラとHi8のカメラを携えて現地に赴いたのだが、現場は想像を絶する悲惨さだった。ただ、恐ろしいのは、2時間も震災現場を徘徊するうちに、半壊、全壊した家、窓ガラスが割れた倒壊寸前のビルなどに目が徐々に慣れてしまうことだった(慣れることに慣れ、ついにはアパシー(無関心)の域に達してしまう、言わば、目による<消費>は思ったよりも早く訪れる)。可能のルポは詳細を極めているわけではないが、彼の云う「足で情報を稼ぐ」(逆に云えば、ネットで仕入れた情報にはさしたる価値はない)という信念には加担したいところだ。(2009-9-24)