★ リンダ逆上 2




■ リンダ逆上、原因究明のためのパズル/パルス 2




ベビー・ルゥと僕は映画館を出た。ルゥは、一瞬そらを見上げて、「あ、カラス」と呟いたのち、なぜか僕の左の耳たぶをギュっとつねった。よく聞け、ということなのかもしれない。「ごめんね、ラブホテルに行く約束だったけど、アタシ、いや、ワタシはね、これからホワイトロリータ集会に出かけなきゃいけないの、パーティよ。」「じゃあ、この場でセックスしよう。ここで。」「あんたってほんとバカね。」僕はオーデュトリミーの1955年モデルのパンツをその場で脱ぎ、つづけてルゥのスカートをズラした。ルゥの顔が近づいた。彼女は左の耳もとでそっと呟いた。「ポップコーンの食べ過ぎで・・・屁が出そうだわ。」。二人は笑った。つづけて、ルゥはアイス・キューブのデザインをあしらった卑弥呼のパンプスの片足を脱ぎ、中に入っていた小石を路上に落として、僕の顔を一瞥したあと、早足で通りの人ごみに消えていった。それは小石なんかじゃなかった。角度によってピンク色にもキ色にもムラサキ色にも見えるエメラルドグリーンの宝石だった。小さな、わずか4mmほどの。僕はその宝石を洗うように放尿した。完璧だ。


ところで、この映画館は、「SIS」が介入している。介入している、というよりもこのチバ・シティにある巨大なシネマ・コンプレックスとタイアップしているのだ。「SIS」とは「Super Impose System」の頭文字を取った洋画の字幕スーパーをムーヴィーコンテンツの制作会社に売りつけている会社である。そして「SIS」は時に「SIIS」と表記されることもある。BSの映画専門チャンネル内のCMでやっている「Super Impose International System」のこと。「スィース、イズザ、ベストランゲッジ!」と『アポカリプス・ナウ』を撮ったころのフランシス・コッポラになりそこねたような、おっさんが、画面一杯に顔を満たし、吠えたて、その数秒後に「フォー・ユア・ムーヴィー・ライフ!」と年端もいかない女の子がアイスクリーム片手にチーズケーキスマイルをキメて見せる。ちなみにアイスクリームの色は毎週変わる。みんなもよく知っているし、SISあるいはSIISの映画界への多大な貢献が、映画の字幕スーパーのヴァリエーションを多様なものにした。だけど、SISの字幕は陰謀に満ちている、と巷では囁かれていた。どんな陰謀かだって?それは君もSISの字幕を体験してみればわかることさ。もっとも僕が今日見た『リンダ逆上、原因究明のためのパズル/パルス』という3時間15分もある実験3D映画の字幕はSIS版ではなく、通常版の退屈なものだったけど。どうやら、僕は今回の映画には満足いかなかった。アメリカ人なら喜ぶかもしれないけど、シャイな日本人は、ああいうのは生理的に受け付けないだろうな。監督のロアン・ロアンは気がちがっているよ。いくら3D映画だからといって、いきなり(まあ、撮影予告は受付嬢が知らせてくれたけど、それでも、いきなりだ)客席にクレーンカメラが割り込み、LEDの最新型のライトを焚いて、客のクローズアップを捉えるなんて。カメラからプロジェクターに直接伝送し、巨大スクリーンに当の客を写すなんて。「映画はまだまだ現実と区別されている。」というメッセージを20世紀末よりロアン・ロアンは繰り返し発表しているけど、あれで「映画と現実の境界を完全になくした。オレはそれに成功した」っていうわけじゃないだろうな。

ベビー・ルゥはどこへ行ったんだろうか?そうか、パーティだ。僕は「テレパス」という最新のエレフォン・カードを使い、指をテレ・パッドにあてがい、彼女に「今はどこにいるんだい?」と、テレしておいた。そして「君はどうして、アタシ、と言ったあとにワタシ、と言いなおすんだい?」と。

そして、無目的に散歩した。僕は1970年代の「シュウジ・テラヤマ」が、なぜエキスパンデッド・シアターを試みたのか。そういうことを考えていた。知らない人も多いと思うので、ここで一応の説明を試みると、「エキスパンデッド」とは「拡張された」という意味で、「エキスパンデッド・シアター」とは「拡張された劇場」の意味だ。これでもわからないか。シュウジ・テラヤマは、上演中に観客を、演劇そのものに取り込む、ということを試みた最初期にあたる演出家である。突如、観客を巻き込む、そうやって一定の意味の連続性を一瞬断ち切って、演劇のメタレベルを組織化するのだ。だけど、この行為にはどういう意義があるのか、本当のところ誰もわかっていない。ただ、ダラっとした時間にオヤっとする瞬間があり、このオヤっの強さが何かを拡張するのだろう。ロアン・ロアンがやろうとしたことも、シュウジ・テラヤマ的手法だと言えなくもない。映画の途中で、撮影が始まり、映像がリアルタイムに直接プロジェクタに伝送され、スクリーンに映し出され、ストーリーが中断される。そこで、3Dの鏡像を知覚した3Dのリアル女性。ロアン・ロアンの演出プランのもとで、映画の途中で自分の姿をエクスポーズされ、「これではストーリーがわからなくなってしまう」と、杞憂を示した女性。・・・ところで「ストーリー、不可解=ダメ、ネガティヴ」この観念式は、第二次世界大戦以降、強力なオブセッションとなっているのはいうまでもない。この女性も、20世紀オブセッションの捕虜だ。言うまでもなく。

チバ・シティの曇り空の下。遠くに電子神社の鳥居が見える。この神社の鳥居は、テレビモニターを積み上げてできていて、いつもカラフルな光を放っている。最近はこの電子鳥居にスポンサーもついて、縦軸2本に「みなみ商店」「バーゲン」とか、横軸に「新商品」「50%オフ」とか出てくる。電子鳥居は、僕がここ10年、毎年正月に出向いているところだ。もっとも今年は風邪をこじらせてしまい、インターネットで初詣はすませて、ネットバンクで賽銭とお布施を入金しておいた。もうすぐお守りが送られてくるだろう。(2012−1−18)





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