★ リンダ逆上 1










■ リンダ逆上、原因究明のためのパズル/パルス 1





やけに広い映画館。客はぽつぽつとしかいない。通常容積の120倍くらいはあり、客席の傾斜が非常識に急である。急勾配。この映画館の前列10席は、スクリーンを見上げっぱなしになるので、途中で疲れる。だから身を床に横たえることが許されている。眠りに落ちる者が多数だ。今日は流行の3D映画をやっていて、僕も受付で眼鏡をもらい、席についた。スクリーンがやや左になるような、つまり、自分を中心にして視線軸を左斜めに放射するような席を選ぶ。後ろから5番目くらいがベストだ。同伴してもらった彼女は、少し離れて座ってポップコーンを頬張っている。きっと3D眼鏡をかけた顔を見られるのが、いやなのだろう。3D眼鏡をかけても可愛いのに。・・・ベビー・ルゥ、最高だよ。映画館を出たらすぐにラブホテルに行こう。



びっくりしたのは映画の中盤過ぎだ。この映画館には桟敷席があって、仕出し屋から注文した懐石なんかを食べながら映画を見ることができるのだけど、今日はそこには誰もいないことは最初からわかっていた。ちょうど、フロリダ州で空手の修行をしているリンダという女性が、ものすごい真面目な顔つきで財布の中にコンドームを入れるシーンだったと思う。僕は「ああ、これね。ダメ、これ着けて。いいじゃないか、このままで、ナマのオレを感じて欲しいんだ。というセリフがあるのだな。」と、うんうん頷いたとたん、急に桟敷席から異様な音がブウォーン、ウィ〜ンと唸り始めた。クレーンに乗った撮影カメラが動き出したのだ。クレーンは客の頭上を旋回し、レンズをあまねく客の顔に向けている。映画館の中で撮影が始まった、と思い、映らないようになるべく身を隠そうと、急に指名手配中の容疑者のような気分になって、そそくさと帽子を被った。「撮影やめてください!」と注意するものは誰ひとりとしていない。ベビー・ルゥの方を見ると、何事もなかったような顔でずっとポップコーンを頬張っている。僕が確認した限り、それは3袋目だ。突如、前方のカップルが「ギャー!!」と悲鳴を上げた。急にライトが焚かれたのだ。クレーンに乗ったキャメラマンが「画面を見て下さい!!」「速く画面を!!」と叫び、首に巻いていたタオルを放り投げた。カップルの女の方がさらに大きな声で「ギャー!!!」と叫んだ。「どうしたんだ!大丈夫か!」男が女の肩を鷲づかみにして揺すっている。「だって・・ほら・・・」女はスクリーンを指差している。・・・画面に映っているのはその女の姿だ。映画館に居る観客すべてが、女が客席に向かって指を差しているシーンを見たはずだ。「私が飛び出している・・・。スクリーンから離れて、空中に浮いている・・。」「あたりまえじゃないか。これは3D映画なんだから、場内3D撮影が始まって、君が飛び出すのは15時10分からって受付のお姉さんがちゃんと言ってたろ?」「じゃあ、あのストーリーは、どうなったの?途中で私なんかが、出て来ていいの?飛び出したりしてもいいの?」「いいさ、ストーリーはまた再開するよ。リンダ・レジェンドはきっと成功するさ。」僕はこのカップルのやりとりの一部始終をここで話すことは到底できない。・・・さて、ベビー・ルゥ。ポップコーンは食べ終わったかい?


(2012−1−15)

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