★ リンダ逆上 8






■ リンダ逆上、原因究明のためのパズル/パルス 8






夏になった。白い太陽が目の前の景色を粉々にして、混線があちこちで起こり、いたるところから原始宗教のポリリズムが聞こえてきた。・・・そして、誰が知り合いなのか、友人なのか、恋人なのか、親なのか、兄弟なのか、敵なのか、味方なのか、王様なのか、奴隷なのか、もはや一切のボーダーが消滅したようだった。ただ、ひとついえるのは、僕のそばにはベビールゥがいることだ。オペラ・レッドのタンクトップからキレイな腕が延び、インターナショナル・スライム・ピンクのブラジャーの紐が浮き出ている。下はエーゲ海底に住まう人魚のようなスカート、そして、人魚のような靴。・・・暑さのためだろうか、通りには1980年代に「新秩序」が歌って流行した「ビザール・ラヴ・トライアングル」をカーステレオで大音響でかけて、移動車の上に立って踊り狂っている若者がいた。「おいおい若者よ、ハシェンダでハッシシなんて、844年古いぜ。」・・僕はルゥのバッグにはいっている、ソルビン酸Kを染み込ませたクラッカーをひとつとりだし、紐を引いた。・・パーンッ!と、それは一瞬、空気に亀裂を入れた。・・・「おい君」若者は踊ったままだ。「自衛隊に入らないか?」踊ったままだ。こいつは完全にイカレている。・・・そして、足下を見ると、コンクリートの上に沢蟹が15匹ほどいっせいにうごめいている。3秒ほどたってシュッと消滅する。どこからやってきたのだろう。不思議だ。沢蟹は、敵国の無人盗撮器にも見えた。そして、クラッカーのレモン・シフォンの残り香を後に、僕たちは家路を急いだ。





夕方5時、僕の視界は、グチャグチャに潰したイクラのようになっていた。ベビー・ルゥはテレパスの機能を使って、歩きながら昼寝をしていた。交差点の信号前で立ち寝しているルゥに僕は何度かキスをしたが、彼女は目を覚まさなかった。クリームソーダのストロウをそっと唇にあてても、なんの反応もなかった。よほど、疲れているのか、ベビールゥ、でも最高だよ、ベビー、ルゥ。重要なのは僕たちの世界ではない、世界のなかの僕たちなんだ。・・・夕方6時の電子花火がトウキョウラマの空に舞い、ひとつめの電子ニュースを知らせた。「20世紀最大の悲劇、ナチス・ドイツによるホロコーストに関する新調査・・・もと七三一部隊の隊員が証言する・・・つづいて世界の巨匠、ロアン・ロアン監督のコメント・・・」直後、ワーグナーワルキューレが鳴ったのは冗談か、幻聴か。電子花火はいつからか政府の報道機関の役目をも果たしていた。YOU TUBEに広告がつくようなものだ。





部屋に戻り、僕はルゥを寝かした。ベッドの温度をととのえ、BGMにショパンをかけておいた。一体、今日はどこに出かけていたのだろうか。僕は短期記憶を長期化するのを忘れていたため、ほんの半日前の出来事を思い出せないでいた。テレパスのMステ機能を使い、シューマンのラインを聞いて、長期化した。そうだ、思い出した。・・・昨年より、ナムコエンタープライズが開発した「ウェット・アウト」という遊びがゲームセンターで流行していて、僕とルゥはそれを楽しんできたのだった。「ウェット・アウト」は服の上から特殊スーツを着て遊ぶゲームだ。リフリジェレーターで摂氏マイナス3度まで冷やした特殊スーツを着て、それを体温で溶かしながら、あたかも海かプールの中で泳いでいる感覚を楽しむというヴァーチュアル・リアリティを駆使したものだ。「ウェット・アウト」はさほど、面白い遊戯ではなかったが、僕とルゥは今度海に行こうと約束した。チョコレートの海で溺れて、チョコレートに成ろう。世界中の愛すべき恋人たちのために、まず僕たちがチョコレートに成ろう、と約束したのだ。・・・「そんなの意味ないわ。」「意味ないっていうのは意味ないね。」「観念論と唯物論は21世紀になっても対立しているんだわ。」「でも、理想主義がすべてを解決するよ。」





ルルル、ルルル・・・熱気のためか、極度にくぐもった着信音が聞こえている。テレパスにニュースが届いた。・・・新宿区の野郎寿司の前で、故障した3200体ものテレパスが交差点に放り捨てられ、周辺のコンビニエンス・ストアから、犯罪集団が、新機種のテレパスを総計4000体強奪した。しかし、誰一人として逮捕されていない、「ガッデム!あなたのテレパスも狙われている。気をつけて!」というニュースだった。犯罪集団、というのがよくわからなかったが、僕はすぐさま「第4ゲリラ」の仕業だ、と思った。ここはトウキョラマ、この都市の第4ゲリラたちは、政府打倒のスローガンを捨て、標的を政府からKLOに変えたことは、すでに知れ渡っていた。そしてKLOと手を組んでいたのが、他ならぬ「ホワイトロリータ集会」を組織している外科医団だった。






ところで、第六感機能の拡張ツールと呼ばれ、喧伝されたテレパスは、人間の霊能力を高めるディシプリンに一役買っていた。日本の辺境から多くの霊能力者が南青山にあるテレパス・ジャパンの本社に招かれ、開発の実験台となり、高報酬を得ていた、というのはたんなる都市伝説だが、恐山のイタコ集団が、霊感の著作権(スピリチュアル・コピーライト)を主張しだし、テレパス・ジャパンを相手に訴訟を起こすというニュースはどうやらほんとうらしかった。ルゥは、すやすやと眠っていた。僕はクラッシュド・アイスとパイン・ジュースをカクテル・キャビネットから取り出し、ピニャカラーダを作ってベランダで飲むことにした。クーラーをがんがんにかけても、部屋は熱気が覆っていた。もういちど「ウェットアウト」をしたい、とも思った。ヴァーチュアル・リアリティ、いやラヴァーチュアル・リアリティのために。「恋は理想ではないわ。」「じゃあ、何が理想なんだ?」「理想がないことが理想だわ。」「屁理屈いってんじゃあねえよ。」「屁理屈も理屈だわ。」ああ、これではタマ・リヴァーもスミダ・リヴァーもメルトダウン・チョコレートだ。そしてフジ・マウンテンは発射待ちのペニスのように、いまにも噴火しそうだ。・・・ベビー・ルゥ、君がフジを誘惑してんじゃないだろうな。すうすうすう、・・・ルゥの寝息が一瞬止まり、そしてピニャカラーダの赤いストローが床に落ちた。インターナショナル・スライム・ピンクのブラジャーが、じっとこちらを見ていた。