酩酊回廊 13〜15

■ 酩酊回廊 13




注文の多い料理店は、なぜそんなにも注文が多かったのか。注文が多いということは、それだけ人気のある店で、開店から閉店まで忙しく繁盛していて、店員も休みなく手足を動かし、入店客も絶えることなく、テイクアウトの客も、出前の客もひっきりなしで、注文が多過ぎて、いよいよ食材が切れて、こんな早い時間なのにもはや閉店なのか!と思うと、次のトラックがタイミングよく届けにきてくれて、結局、みんなこの料理店の料理が大好きなので、いよいよもって店は溢れかえり、そんな光景を目にした通行人までもが、腹をすかしているわけでもないのに長蛇の列に紛れ込み、なんだなんだ、なんの騒ぎか、や、知らないのかね、君、ここがかのよく知られた注文の多い料理店だよ、人気のあるメニューは、●●と●●で、今日は特別に●●の●●を作ってくれるそうだよ君・・・・そんな会話が途切れることなく続く。午前5時、窓の外がほのかな橙色に染め上がっていて、朝焼けの予感に誘われ、そわそわしながら散歩に出た。午前4時頃から1時間ばかり、とても重要な夢を見た、と寝起きの5分くらいは懸命に反芻していたが、散歩中にすぐに忘れてしまい、まったく重要な夢ではなかったと改心して、なぜか、注文の多い料理店はなぜ注文が多かったのか、について思いめぐらせていた。七時前に帰宅。また寝る。






■ 酩酊回廊 14

「君が言った通り、壊れたi-podを冷凍庫に入れたらなおったよ!!」と言ったら「え?そんなこと言ってないよ。」と返され、とても、びっくりした。壊れたi-podを「ああ、確か、●●が冷凍庫に入れたら治るって言ってたな」とウンともスンとも言わない四角いブツをそのままポイと裸の状態で入れておいて、ある日、あ、そうだそうだ、と気づいてやや霜がかったボディを丁寧に拭いてやり、そしてボタンを押すと、ぼわ〜んと液晶画面が明るくなったのだ。この時は、もう死んだわが子が蘇ったくらいの驚きであったし、●●にお礼のひとつでもせなあかんな、くらいの多謝状態だった。それにしても、冷凍庫に入れたら治る、なんて誰に聞いたのか。まったく思い出せない。白昼夢?酩酊中の憑き物?。ちなみにシリアルナンバーは[5U613Y5NUPR]である。





■ 酩酊回廊 15


14、15で記したことを時系列順に整理してとある20代の男に話したら、面白い、それだけでストーリーになりますよ、と彼は言った。かつて大学で巌谷國士に師事していたその男は、他でもないアンドレ・ブルトンを中心としたシュルレアリスムを専門的に勉強していて、なるほど、ここには一方の「朝焼け」というアルカイックな自然現象と、他方の「冷凍庫に入っているi−pod」というアーティフィシャルな行為遂行性によって裏づけられる文明現象のわかりやすいコントラスト、その強さがある、というような説明づけを強調し、そして、つぎのように付け加えた。「未読の小説でも、その(読んでいないという)事実を差しおいて、読ませようとする力がその書に備わっているということだろう。この場合は、タイトル(固有名としてのタイトル)だけを覚えていたばかりに、コンテンツ(中身)が気になってしまうことであり、したがって『注文の多い料理店』はタイトルが強かったということを事後的ながら確認できるのではないか、しかしタイトルの強さとは一体全体なんなのだろうか・・・云々」と。つづけてその男は宮沢賢治のフェイバリットの何点かをかんたんに紹介し、『注文の多い料理店』のおおまかな粗筋をも開陳してくれた。さて、ジェイムズ・ジョイスのいう「エピファニー」(啓示的出来事)とはこのような迷路 maze  あるいは、驚き amazement の別名だったろうか、そんな事を考えながら歩いていると、再びあの入りくんだ朝の散歩道が目前に出現したのだった。しかし、幻想の夜道、二重写しになった夜道として。