「考え中だ。」  1




■ 「考え中だ。」 1






●「何かを書きたいと思うの。まだ書くべきことがあるふりをせずに。もう書くことはなくなった、とは思わない。そう、あたまの整理がつかないだけなの。」
▼「物事には優先順位がある。君は書くことをあとまわしにしているだけだ。それに周期もある。君は女性だから月経があるだろ?ぼくは男性だから血にまつわる月一回のイヴェントがない。だから、多くの男性が月よりも太陽を好むのは・・・。」
●「あなたは以前こう言ったわ。書くことによって整理(生理)がつく、これは女性にとって言葉と血、両者にとっての良い付き合い方だ、しかし血のイヴェントのことを忘れて書くことだけに専念する。よってますます混乱する、これはまずい付き合い方だって。」
▼「昔話はよしてくれよ。ぼくはもう小説なんて読まないし。」
●「話しているうちによくわからなくなってしまうわ、だから書いて整理をしようとする。でも、言葉を埋めるうちにますます整理がつかなくなってしまうの。結局、話しても書いても同じことよ。パレットに出したそれぞれの絵具をかき回してしまうはめになる。その瞬間はさほど、気持ちのいいものではないわ。」
▼「黄色と紫を等分にまぜあわせると黒になる。パレットに直接黒を落とすよりもこちらの手順の方がはるかに言語伝達の仕組みに近いだろう。キャンバス上では同じ黒に見えてもね。しかし、黒く、淀んだ言葉たちはもうもとには戻らない。キュウリのぬか漬けがもとのキュウリには永遠に戻らないように・・・そして、同じくアル中は元の人間には戻れない。吾妻ひでおもそう言ってたよ。」
●「それに言葉はまっすぐ進んでくれないわ。東京駅から京都駅までまっすぐ、まちがえずに進むNOZOMIちゃんのようには進んでくれない。それは言葉にはレールのようなものが予めないから?」
▼「人は話したいことがあって話すわけではない。小鳥がさえずっているようなものだ。情報理論的世界観を支えているのは小鳥のさえずりとしての戯れ、戯-空間における両面反射回路だよ。それは時に正しくもあり、ときに間違ってもいる。」
●「じゃあ先にレールをつくればいい?」
▼「どうでもいいけど、ル・レールとなるとフランス語で<現実>だ。君には二重の意味でレールがない。現実が不足している?そうだ。現実が不足しているっ。」
●「文法は絶対のレールでしょう?言葉を前に突き進める。そして、と書くと、前後関係がはっきりして、そして、そして、と書かないとむしろ曖昧になる。なぜならそして、は接続詞なのだから。こんなふうに言葉を運ぶ仕掛けとしてそして、はあるのでしょう?」
▼「身体のなかでアルコールは上昇する、顔が赤くなる、頭がいたくなるということはそういうことだ。この場合血管こそが第一のレールだ。水が川というレールをつたって高いところから低いところに流れ、海に至る。そんな自然なうごきに抵抗するかのようにアルコールは身体を上昇する。これはニュートンを批判するアインシュタインに関係ある。アインシュタインは新しい接続詞を発見したんだ。全方位的酩酊は20世紀のものだよ。・・・あれ?言いたいことなんだったっけ?まあいいや。文法は語の強度を抑圧する。語はしかし、文法を要求する。これは言葉のパラドックスであり、パラドックスは我らのモノだ!逆説をつきつけろ!」
●「話を反らさないで。でも、非論理が論理に逆らって進むのは論理的なことです・・・ゴダール。」
▼「の、カラビニエより。ごめん、フニャラカ酔ったみたいだ。君は・・・」
●「なあに?」
▼「君はひどく悩んでいるね。」
●「そうよ、こんな酒浸りの日々はつらいわ。そして、こんなにあなたと喋っている自分が信じられないわ。」
▼「キレイだよ。ディオールのポアゾンの香りが心地いい。」
●「ポアゾン?日本語で<毒>ね。そうだったかしら?」
▼「ああ、四葉のクローバーのおひたしが食べたいよ。」
●「ダメ、自分のつけた香水忘れちゃってるわ。」
▼「現実逃避行だね。ずいぶん遠くまで行ったのかい?」
●「そんなことない、近所のお散歩よ。スーパーで明太子や、玉ねぎを買ったりするのと同じことよ。昼間はいいの、夜になるとすごく不安になって、明日仕事早いのについついカクテルキャビネットを開けてしまうの。」
▼「寝つけない、とは頭の中を言葉が走り続けるのをやめない、ということだ。
気になってしかたがないこと、収まりどころのない思いを寝るという行為に連続させることはできない。」
●「だから・・・書きたいのに書けないのを酒浸りのせいにしている自分が悲しいの。」
▼「問題のたて方を間違えたら、答は答でなくなる。そう、より、もっとも優れた問題の立て方があるもんだよ。その出現を待つしかない。完璧な問題提起は、すでにしてそれが答えだ。書くのはそれからでいい。」
●「いずれにしても、近代的な問いなのかしら。中世の農民は書けない、と言って悩んだりしなかったもの。」
▼「家計簿をつけるのは常に女性だ。」
●「家計簿をチェックをするのは常に男性よ。」
▼「じゃあ家計簿を発明したのは?」
●「さあ、どちらかしら。」
▼「ぼくは金が欲しい、旨い酒を呑むために、いい女を抱くために。そして音楽は常に鳴っているよ。ポンキエルリの歌劇を十二分に堪能するためには、金がいるんだ。」
●「金が欲しいってのは、どちらかと言えば・・・抽象的ね。新島産の高級くさやが欲しい、って言った方が具体的だわ。そうだわ!!貨幣よりも物質を先行させなくては、世界はその輝きを失うことになるでしょう。」
▼「つまり、交換可能性の多様性を手に入れるってことなんだ。金を手にするってことは。」
●「高くつく女は嫌いでしょ?」
▼「そうだね、高くつく男よりはましだとは思うけど。」
●「どうして?」
▼「どうしてかな。頭悪そうなんだ。ブランドの話とかしている男は。」
●「コシ・ファン・トゥッテ、ところで最近はどうしてるの?」
▼「例年のごとく春は憂鬱だな。気圧の変化が目まぐるしすぎる。」
●「私もよ。最近は何を考えてるの?」
▼「認識の自由について、思考の自由について、実践の自由についてだ。これしかない。」
●「予め外部を設定している、これは信念に他ならないわ。」
▼「割り切れる世界は嫌いだな。割り切れないところにしか外部はありえない。」
●「ざっくりと割れたいちじく。その烈開のただ中にいるのね。」
▼「美しいメタファーだ。そう、いちじく、裂け目のいちじくだ。しかし、そのただ中にいる。」
●「自由の認識ではなく、認識の自由をってわけね。」
▼「その通り」
●「それではどういったタイプの認識の自由なのかしら。」
▼「考え中だ。」

(2009-3-12)