別れ際にガチャポンを




■ 別れ際にガチャポンを





おっさん(・・・しっかし、なんで、オレ、呼び出されたんだろ。なにかね。はやく言ってくれないかね。あっ、きっと、あの年下の彼のことだな。別れた?子供ができた?結婚??まっさか〜。)




おっさん「あっ、これ食べる?ちくわぶだけど。おれ、嫌いなんだ、ちくわぶの<ぶ>が。」
おばさん「っうっま〜そ〜。ありがと、いただくね。」
おっさん「ガリガリ君ホットが、とうとう発売されたね。」
おばさん「・・・」
おっさん「聞いてる?」
おばさん「・・・」
おっさん「・・・あの・・彼とは別れたの?年下の・・・」
おばさん「ええ、彼、中東に行ってしまったわ。先月。」
おっさん「えっ、そりゃまた、どうして?」



戦場カメラマン?彼はそういうものになりたいと思い、遠い国へ行ってしまった。日本を捨てたわけじゃない。日本には、ただ戦場がなかったのだ。

ここ数年、デモ、集会、そういうものはたくさん見てきたし、たくさん写真を撮ってきた。そして社会派、とカテゴライズされるのを嫌っていたが、そう呼ばれるのを恐れてはいなかった。いずれにしても、彼にとって日本は空虚だった。彼女は彼のそういう考え方に全面的に賛同はできなかったが、それでも彼のことを応援していた。

彼は、ほんとうは彼女から逃げ出したかったのかもしれないし、彼女も彼から解放されたかったのかもしれない。いずれにせよ、もう破局寸前だったことは確かだ。彼女はそういうことをゆっくりと話してくれた。そして、楽しみにしていた僕のハンペンをみるみるうちにたいらげてしまった。



おばさん「これ、もらって。」
おっさん「なに?ちくわぶだったらいらないよ。」
おばさん「わたしがちくわぶなんてもちあるいているわけないじゃない。はい、これ」
おっさん「おっ、何これ?ガチャガチャ?」
おばさん「ガチャポンよ。」
おっさん「関西ではガチャガチャって言うんだよ。」
おばさん「彼との最後のデートの時にね、別れ際で、ガチャポンを交換したの。デパートの屋上にね、30台くらい並んでんの。」
おっさん「へえ、そりゃ、風変わりな・・・」
おばさん「二人の思い出がなんにもつまっていないものを交換しようってなって。」
おっさん「そりゃいいね、何だろ、何が入ってんのかな。」
おばさん「ま、しょせんガチャポンだし。」
おっさん「そんなこというなよ。ガチャポン一つが人生を変えることだってあるんだぜ。」
おばさん「このケース、カプセルっていうのかな。これいいよね。ゆで卵ケースになるんじゃない?」




彼女は少し動揺していた。「女性の本質というものは、恋の始まりではなく、恋の終わりにあらわになる」って誰かが言っていたけど、ゆで卵ケース、だなんて、恋の終わりを軽妙にはぐらかしているところに、彼女の深い本質があるんだ、と、僕はそう思った。


おでんはもう冷め切っていて、僕たちは、場所を移そうと少し歩いた。彼女のトートバッグの開いた口から、ゆで卵ケースだけをそっと入れておこうかと思ったが、やめておいた。


彼女は彼女の抱えた人生のすべてを忘れようとしていたが、僕はすべてを思い出そうとしていた。彼女が忘れてしまったことさえも。・・・このガチャポンもまた、すぐに忘れ去られ、いつか、思い出されるだろう。そういうことが繰り返されるだろう。