■40



■ 40 LPに寄せる





たったいま、やっとの思いで買ってきたばかりの
まっさらなLPのジャケットから、なかに収められたレコードを出す。
半透明のビニールの中に、テラっと光る
手入れの行き届いた髪の毛のような
その美しい艶のようなレコード盤が入っている。


古くから、たとえば
50年代半ばの都市郊外にある住宅街の一画にある
バイロンロートレアモンを研究している学生から
80年代後期の渋谷か原宿か新宿のジャズ喫茶のマスターや、
90年代末に閉店した
四条木屋町高瀬川のほとりにあった
その店のなかでヨハン・セバスチャンの「平均律クラヴィーア」が
とめどなく流れる
クラシック喫茶「ミューズ」(音楽神)のマスターに至るまで


多くのミュージマニアは
レコード盤によせる 幼いフェティシズムを経由して
決して触ってはいけない人妻の髪に触るように
慎重に
親指を盤の縁に そして
小指を中心部の穴にあてがい
そっとプレイヤーにのせつづけた。
この ホリゾンタルな空間定位 
うっとりする、
そう感じる暇もあたえず、
いつのまにか
回転する。
正確に、1分間に 33回
この、ソルタライズされた ヴィニールの輝き


恋人か、あるいは人妻の髪の光に照らされたその艶、
回転するレコードのヴォリュームを0にしたまま、どれだけ多くの人が
ぼんやりと、そのわずかに震えている光沢をじっと見つめながら
コンデンスフルな思案の時に耽ったのだろうか。


高級な鼈甲の櫛でとがれる髪の毛が
ゆっくりと 生気をとりもどすとともに
さらにゆっくりと、静かな音楽があたりを湿らせてゆく。


ペーパージャケット
スリーヴと呼ばれた。
ジャケット、そしてスリーヴ。
もうこれだけで
音楽は服装のメタファーであった。

秋も深まり切った頃、
その秋よりももっと深い、深いため息をつきながら
パステルブルーの憂鬱とともに、
ツイードのジャケットの袖に慎重に腕を通すように
LPレコードをそっと出す。

さて、
18歳か、19歳の君はどのあたりをうろついているのだろうか。
君は「コンパクト・ディスクは宝石箱の隠喩だ」などと言わないでくれ。
2011年も終わりかける頃、
「今はプラスティック・エイジではなく、ポリブロビレン・エイジだ」
と、僕はやや冗談めかしてすぐに言い返すのだから

さあ、時代を無視して音楽を聴け
頬づえをついて、スピーカーに耳を傾けて、
そのLPがあまりにも唐突にすぎるフェイドアウトで終わり、
ついにレコード針をその岬に収めたアーム(腕)が、
ゆっくりと音をたてながら静まるまで。

そして君のため息は、
ついに、かろやかな季節風に入り交じって、
多忙に過ぎた両腕をジャケットのポケットに突っ込んで、
小銭や鍵やライターをじゃらじゃら鳴らしながら、
指の骨をポキポキ鳴らしながら、
ルイ・アーム・ストロングの
「イッツ・ア・ワンダフル・ワールド」のメロディも思い出せないままに、
人生の死角を思い出せないままに、
フラヌール、
遊歩を決めこむだろう。


ロングプレイ・ディスク 
ノースリーヴ、
部屋に散乱したラグジュアリーな女の裸のような
そのCDをそのまま散乱するに任せて



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