『カフカノート』 ノート 2

■ 高橋悠治 『カフカノート』2




http://www.youtube.com/watch?v=8ssyHYxD0tQ&fmt=22





いっしょに行った人は高校のとき演劇部だったそうで、「とくに思い出にのこっているのはブレヒトの演劇だ、」と晩ごはんを会場近くの店でたべていたときに言っていた。作品名は失念してしまったらしいが、ステージ脇に複数人が椅子に並んで座っていて、自分の順番がくれば、立ち上がり、ステージ前に移動し、演技するというもので、面白いのは、座って待っているときでも、演技が続いている、または<演技として見なされうる>というものだった。楽屋スペースをステージ上に前面化したようなメタ空間的なもの、メタ演劇として、そのブレヒトの作品は特徴づけられるのだろうか。





高橋悠治による構成、台本、作曲の『カフカノート』において、ピアノにずっと向かい合っている高橋悠治以外の役者は全身をつかって動いている。動いているがひとりだけ椅子に座り、テーブルの上に開かれたカフカのテクストを、朗読あるいは朗唱する。それが終わると、右手をグーにして必ず机の右端をコツンと叩いたのち、椅子からたちあがり、次の朗読者と変わる。65分の作品で、36のテクストの断片の朗読があるのだから単純計算して一つのテクストにあてられるのはだいたい80秒前後で、80秒×36片の断片形式ととらえればいいだろう。ブレヒト、さらにブレヒトに影響を受けた映画作家ゴダールも好んだ断章形式にちかいものだ。ところで36とはどんな数字だろうか。煙草は1ケース20本入りなので少ない。野球は9人が2チームで1試合できるので2試合4チーム分のメンバー。鉛筆1ダースが12本入りでこれが3個分。1年が12ヶ月なので3年分。36は因数分解して(2、4、6、9、12、18)なのでこれらを手がかりに構成手法を考えてみるのがいいかもしれない。いずれにしても割り切りのよい数字だ。





順番に何かがおこなわれている。間違えることなく、規則ただしく、あわてずに、ていねいに。声や音もずみずみまで響きわたっていて、照明効果も適切で問題はない、衣裳に採用されているミニマムな色み、紫色と黄色が効果的な指し色になっていて、全体が引き締まってみえる。ボウルになみなみと水が満たされていて、何の問題もなくそれがボウルに入っている水であるように、懐疑のはさむ余地がない。だが、すべてを聴き、すべてを見てとることはできない。演じられている動きはテクストの内容とは関係性をもつものもあるが、全体的にはバラバラな印象の方がつよく、決してテクストに書かれた内容のイラストレーションに留まるものではない。




上演された空間はVの字の傾斜に観客が座り、谷底で行われている演劇を二方向の傾斜から見るという感じになっている。思えば、古代ギリシャ、コロセウムでおこなわれた悲劇や喜劇も全方位的に観客席が設置されていたのだから、俳優の声をまんべんなく会場にいきわたらせるためには、V字の空間設定の方が、ステージと観客席を矩形に区切るものよりも良いだろう。(5月7日 つづく)