制作ノート 2




■制作ノート2 



制作ノート1を読みなおし、プロットを決めていこうと考えた。この映画の主人公は男であり、年齢は30過ぎになる。30を過ぎると、ごく一般的な言い方になるが、「若くはないし、かといって中年でもない、」というある種中途半端な時期にさしかかる。生活の中心が「遊び」から徐々にはなれてゆき、「仕事」と「恋愛」がウェイトを占めてくる。「恋愛」も遊び事ではなくなってくる。男が未婚なら結婚を考えるだろうし、既婚なら子供を作り、仕事に精を出すことになる。少し古い言葉だが「ディンクス」(積極的に子をつくらない夫婦)なら、例えばマイホームの一軒を持つために努力するかもしれない。プロットを書く前に、主人公の造形から出発すること、これは重要なことだ。その際、観念的なことであれ、事象的なことであれ、最大限思いつくままに列挙し、最終的に映像レヴェルに落とし込んでゆく、という方法をとりたい。仮にAとしておこう、彼はどういう人物なのか。ざっと経歴をつくってみた。(あくまでも制作ノート1をベースにしている)



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●(0歳〜5歳)1978年、関西に生まれる(滋賀県がよい)。家族構成は両親と姉が一人。両親はまずまずのエリートだが、父親は金儲けが下手で、家はどちらかといえば貧しかった。教育に熱心な方。子供の頃、友達が一人もいなかった。幼稚園をサボり、無賃旅行を繰り返し、半年ほどで退園。
●(14歳)1992年、深夜番組のMTV(PVを垂れ流す音楽番組)で流れていた『PEOPLE GET READY』(1985)のジェフ・ベック(正確にはロッド・スチュアート&ジェフ・ベック、原曲は1965年のインプレッションズ(カーティス・メイフィールド))の姿を観て心動かされ、ギターを始める。しかし積極的にバンドをやることはなかったし、周囲からはたんに暗い人間だと思われていた。ある日、授業中、たまに濡れたハンカチを窓に貼付けて乾かしているのを気にかけていた女の子(仮にBとしておこう)が、ぎこちなくデートを申し込んできて、有頂天になり、気付いた時にAの性格はやや明るくなっていた。
●(16歳)1994年、父親の転勤にともない、家族は神戸に引っ越す。
●(17歳)1995年、阪神大震災に見舞われ、家が全面崩壊。しばし、仮設住宅で暮らすことになる。この年、姉が東京の短大に進学、関西を離れる。この頃から「あらゆる物は崩壊する」という無常観に取り憑かれる。
●(18歳)1996年、大学へは進学せず、ブラブラしている。茶店で歳上の写真家の男と知り合う。写真家は、関西圏の工事現場の写真を収集しており、詳細なデータを集めていた。
●(20歳)1998年、写真家とともに東京へ引っ越してくる。写真家の紹介により、たまたま人前で自作曲を弾く機会を得た。そのうちのひとりにBがいた。この頃、写真家から借りたビリー・ホリデイの自伝『奇妙な果実』(ビリーが歌い始めたのは1939年)を読む。
●(27歳)2005年、AはBの相談を受ける。Bは歳上の悪い男(仮にCとしておく)につかまり、大学生活の最中に子供を孕み、結婚した。別れたくても別れられないと涙ながらにこぼす。20歳の時、Aの曲を聞いたと告げる。Aと写真家とBの三角関係が始まる。
●(29歳)2007年、写真家が原因不明の自殺。Aは工事現場の写真を預かることになった。Bは「写真家を死においやったのは私ではないか」と自責の念にかられる。
●(30歳)2008年、Bが子供を実家に預け、家出。突然、Aのアパートに転がり込むことになる。しばらくしてCはAとBを殺しにやってくるが、殺す直前に、二人の目の前で自害する。
●(31歳)2009年、AはBと結婚し、子供を育てている(この時点で子供は11歳、小学五年生になっている)。Aの20歳の時のライヴ音源を子供が聞いている。


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いくつか覚書を記しておき、制作ノート3につなげてゆこう。

●なんとも暗い話だ(まあ、最初から暗い映画を作りたいのだ)。ここまで書いて思うのは、主人公は「絡まった過去しか見えない」ということだ。だから主人公は「絡まった過去を解きほぐすこと」しかできないし、世界に現前している事象は、既に古いものでしかない。新しい商品、新しい情報が世界に現れ出ている、というだけで、それらは決定的に古いのだ。この世にあるすべてはすでに過去のものになりさがっており、すでにして崩壊の予兆を孕んでいる。現在を照らし出すのはこの認識においてである。だが、その認識は必ずしも「絶望」ではない。

●(32歳)時、CがAとBを殺す直前で突発的に自害するのは小説家の中上健次が描いた秋幸と浜村龍造の一触即発的な関係に似ていなくもない。たんなる「不条理な出来事」として済ますわけにはいかない。次はCの経歴をつくってみて消化したいところだ。

●AとBとの最初の出会い。Bは窓に貼付けて乾かしていたハンカチを見て、何を思ったのだろうか。それは光に透過する色彩である。ここで、西洋のキリスト教文化が神を表象するにあたって「ステンドグラス」なるモノを媒介に、背後から神を照らし出していたことを想起しておいてもよいだろう。(・をキリスト教系の短大に通わせてもいいし、家がクリスチャンだった、という設定でもいいだろう)

カーティス・メイフィールドの「ピープル・ゲット・レディ」とビリー・ホリデイの『奇妙な果実』。この二つは黒人文化を扱ったものであり、主人公のペシミズム(厭世主義)と通底している。(文化論として、ポール・ギルロイの『ブラック・アトランティック』、音楽論としてグリール・マーカス『ミステリー・トレイン』、両者を包括するものとしてフランツ・ファノン『地に呪われたる者』あたりはちゃんと目を通しておく必要がある。)



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この映画が、できあがるかどうかわからないが、とりあえず「制作ノート」という表題でアップロードし、公開してゆく。しばらくは「決定稿に近づくためのノート」なので紆余曲折をはらみながら(多分にブレながら)すすめてゆくことになるので、変更はありうる。読者は2、3人だと思うが、充分である。転載自由、アイデアの盗用も自由。脚本執筆の段階までこぎつけたら本望である。適者に意見をもとめたい箇所もあるが、時宜を見て決行する。(2009-11-08