明大前 喫茶マイルス

明大前で軽く夕食を取った後、すずらん商店街の喫茶マイルスへと足が向いてしまう。この店でかかっている良音質のジャズはともかく、女バロウズといった、やや「への字口」だからか、きりりとした面持ちの老店主がLPレコードをセッティングし、小さく折り畳んだガーゼかなにかをレコード針にささっとあてがい、埃を落とす仕草を見ていると、そうそう普段は得ることのできない不思議な緊張感を得られる。しかし店主は用が済むと、さっさと奥の席にひっこんでしまい、椅子にどかっと腰掛け、何をするのでもなく四つ折りのハンカチを団扇代わりにして「はあ〜つかれた」といった風情で休む。僕はジャズを熱心に聞きに行くというよりも、その店主がレコードをセッティングするところを見るためにたまにではあるが、わずか10人程しか収容しない喫茶マイルスへと足が向いてしまうようだ。コミュニケーションというコミュニケーションが殆どないという意味で清潔な、狭く、ほの暗い店内で、その店主は調子のいい時には身体でリズムをとっているのだが、必ずしもリズムに乗って身を揺るがしているのではない。例えば「ここで一瞬ブレイク。そしてここでラッパのキメが入るぞ!」といったポイントにおいてさりげなくパチンと指をならし、同時に上体をわずかに反らすなどして、乗っているのだ。つまり「ここぞ!」という瞬間だけ、身体的に反応する。おそらくこの店にある膨大な量のレコードをうんざりするほど聞きこんでいて曲の展開を熟知しているのだろう。出入り口の階段下には『去年マリエンバードで』の古びたポスターが貼ってあり、それふうだ。