建築ノート 2


■ 建築ノート 2





「建築」と「建築術」。この二項は、それらの「対立」ではない。なぜならあらゆる「建築」は「建築術」に包含される他ないからである。言うまでもなく「建築術」があって、はじめて「建築」が成り立つ。あらゆる「建築」は「建築する技術」(アーキテクトニック)なしにはありえないのだし、「建築術」は「建築」に対して、より基底的なのだと言える。ところで、「建築」よりも「建築術」を重視したバウハウスが、ある意味でマルクス主義的な運動をその内部に孕んでいたとすれば、どのようなものだったのか。しかし、それを考えるにあたって、もう一度プラトンの時代に遡っておく必要がある。なぜなら、プラトンは西洋社会における「哲学=隠喩としての建築」から「建築」を捉えていたからであり、それはマルクス主義と相反するものだったからである。つけ加えていうと、プラトンは「建築」と「建築家」を明瞭に分けていたが、この分離は「建築」が「建築家」の<仕事−労働>の結果ではなく、両者を媒介している「建築術」を無視することによって、成り立っていたのだ。ところで、このような「分離の意識」は、建築そのものに内在する「建築術」を無視ー誤認せざるをえない認識から生み出されたものだった。たしかに古代ギリシャにおいて、プラトンは「建築」を優位においた。しかし「建築家」を優位に置いたわけではなかったのだ。柄谷行人は次のようにいっている。





プラトンは隠喩としての建築家を称揚したけれども、現実の建築家を軽蔑していた。それは、実際の建築、あるいは建築家が偶然にさらされているからである。だが、この偶然性は、デザインがイデア的であるのに対して、実際の建築が二次的であり、またつねに瓦解にさらされているからである。だが、この偶然性は、デザインがデザイン的であるのに対して、実際の建築が二次的であり、またつねに瓦解にさらされているというようなことではない。この偶然性は、建築家が自らのデザインを他者(顧客)との関係なしに決定できないということにある。彼らは思いどおりに他者に直面している。要するに、建築はコミュニケーションなのである。ただし、いうまでもなく、それは、規則(体系)を共有しない者とのコミュニケーションである。(p,12〜13)





この発言おいて重要なのは柄谷行人が「デザイン」と「建築」を別なものとして扱っている点にある。言うまでもなく「デザイン」は偶然を排したところに成り立っており、一方の「建築」は偶然を受入れざるを得ない。それは人間の意志を超えた自然現象・・地震津波、暴風などによって「建築」が崩壊する様を思い起こせば十分である。しかし、より根源的なのは、「建築」を制作する主体が常に、相対的に決定されるほかなく、なおかつ相対的な他者が<いること>の絶対性に拘束されていることにある。一方の「デザイン」もまた社会的諸関係において制作されてはいるが、決定的な差異は「デザイン」は端的にイデアルなものであるがゆえに、その次元に留まっていられる「モノ」だという点にある。(建築は「モノ」ではあるが、デザインされた「モノ」のようにあるわけではない。いわば建築は「モノ」というよりも日本語の「モノノケ・・物の怪」に近いと言うべきである。)バウハウスは建築のみならず、美術、造形、映画、工作物、家具デザインなども手がけた総合的なギルドだった。それらの総合性がなにによって支えられているかといえば、言うまでもなく「諸−技術」であろう。それは制作物に対して「超越的」に振る舞うわけではない。「諸−技術」は絶対的な条件であり、「制作物」に対して相対的な場所を占めているわけではない。しかし、ここで注意しなければならないのは、バウハウスが相互に対立する理念、いわば柄谷行人が指摘する「デザインーイデアル/建築−アンイデアル」という矛盾を抱えざるをえなかったことにあり、それらの矛盾こそが、大文字の諸ジャンル(たんにメディウムの特性によって与えられた形式)に対するある種の抵抗(コンフリクト)そのものだということに、自覚的だったことにある。バウハウスの抵抗、その積極的な意義はここにある。




急いでつけ加えておくが、デザインと建築を明瞭に区別する限りにおいて、建築は建築であるほかなく、世俗的に流通している「建築デザイン」や「設計デザイン」などという語法(語彙)はあらかじめそれらの矛盾を解消している「錯誤」に他ならない。そして、それは、上に述べたような「抵抗」を消去してしまい、なおかつ「建築術と建築の差異」をも消去してしまうような「ぬかるみ」に他ならない。バウハウスにおける「社会主義」とはレーニントロツキーが唱えた「イデア」にあるのではない。むしろそれらのイデアが不可避的に隠蔽してしまうナチュラリズム、つまり「建築と建築術の差異を解消させる」ことを「自然」なことと自明視することに対しての、透徹した「意識」にこそあると言ってよい。(2010−05−17)