一度は数のうちならず



■ちょこっとビデオカメラで短編のテスト撮影をしたあと、部屋にある小さなもの、雑貨、文具、フロッピー、封筒、書類などのかたづけ、整理。なんだかんだ取り止めないものがいっぱいでてきた。一番面白かったのは、昔、京都ののみやさんで同席していた作家の河合寛冶朗(京都の五条縄手下がるに氏の記念館がある)の孫娘の方(素子さん)にミーハー的に「何か書いてください」って言って書いてもらった紙切れ。何を大事そうに持っていたのか。でも、筆ペンで「今こそ永遠」。素子さんが、河合寛治朗と柳宗悦が喧嘩別れした時の話とか一生懸命話したはったことを、ぼんやり覚えている。京都は陶芸や民芸やの表象物が身近にあったし、街の匂いの一部だった。さすがに東京では、それらは身近にはない。





■夕方、友人から電話があって、おそらくジャン・ボードリヤールの訳者で知られるのだろう宇波彰さんのゼミのコンパだかに誘われるが、頭痛と気力体力消耗で断念。宇波彰と言えば、むかし『引用の想像力』が本棚にあった。灰色地に赤い円の単純な感じの装丁は覚えているが、内容はさっぱり思い出せないので、まったく読んでいないのかもしれない。タイトルだけ気に入って買ったのだろうか。





■夜はひさかたぶりに安井さんと電話で話す。安井さんとは10年来、ぼくが最も注目している映画批評家、安井豊さんのことで、20代の頃、京都で2回上映イベントに参加してもらった。最初は京都での故小川伸介監督の特集上映時のシンポジウムの時にお会いした。あの時はめちゃくちゃ酔っ払っていて、すごい失礼なこと一杯言うてたと思います。でも、いろいろ影響受けてる人です。




■最近は固定電話のかっこよさを見直している。スピーカー部が大きいからか着信音の音の広がりかたが携帯とは明瞭に違うのがいい。部屋が喜んでいるよう。アナログだが、澄んでいる。