「少女は・・・」



と、大人になった女は言いかけた。「少女にはお洋服が必要で、そして少年には刃物が必要なの」と女はそう言いたかった、だが言えなかった。




そこで、友人は「ごめんトイレ」、と小さく言う。




女は友人がトイレから帰ってくるまでモノローグを止めようとはしない。




言葉を押し殺したあと、醒めたホットミルクを一気に飲み干す。薄いミルクの膜が口の中にまとわりつく。



「なんだか、いやらしい感じ・・・」




だが、女には何がいやらしいのかよく分からない。




ふと上空を見上げる、




「3月の空に事なかれ、寒空の下で事なかれ・・・このままでいい?ダメ?もちろんダメよね。・・・でも飛行機雲は私を震わせてはくれないわ。退屈にもならないし、興奮もしない。」




女は確実に何かを気にしている。だけど、それが何なのかはよくわからないし、知ろうともしない。




「ほら、見えるでしょ。・・・あの飛行機雲ははたして空を裂いているのかしら、それともたんなる真っ白な線なのかしら」




「あなたが少年だったら前者、そして少女だったら後者ね」




「つまり・・・少年はその手で刃物を持って、空を真っ二つに引き裂いていると、そういうことなのかしら、少年の持つ刃物で、空を真っ二つに引き裂いていると?」




「じゃあ、少女にとったら?」




「自然なんて、そう、たんなるデコレーションよね。飾りなの。例えばガーデニングなんて、飾り物。少女にとっても女にとっても、洋服の延長。じぶんをきれいに見せるための方便なの、それでもせいいっぱいの努力なんだけどね、努力したり、熱中したり。」




「それで?」




「飛行機雲は、女をキレイに見せるためには、あまりにも小さすぎるってこと、遠すぎるってこと。」




女の口の中にまとわりついているミルクの味、さっと手につかんだグラスの冷水で洗いながす。冷水が胃に落ちるのが分かる。




飛行機雲はみるみるうちに消えてしまった、




「何?そのあっけなさ、それでも自然?・・・あ、自然じゃなかったのね。そうよね。」




「あっ、そうそう、彼女がトイレから戻ってくるまでに、手を潤わせておこう、そうよね、これから大事なことがあるんだから。・・・ハンドクリームをバッグから取り出し、蓋を開けましょう・・・ほら、残り少ないのは分かってるんだから・・・しかし無臭ってのは、なんだか寂しかったわ。でもありがとう、ハンドクリーム・・・もう、これでお別れね。三月もさよなら。春もさよなら。・・・明日は四月の鹿と馬に会うから。一応こんにちはってことなのかしら。」




「しかし、カフェのテラスってカフェ・テラスのこと?」




女は誰にも見られていないと思い、ペッと床に唾を吐いた。