子供の情景



まあ、われながらセンスがないと思うが、ジバンシイのウルトラマリン(香水)をシュッと部屋に撒き、気分転換を図りつつ、ベッドに寝転んでエリオットの詩集をばさっと広げ、そのページからぼそぼそと声を出して読む。香が鼻につきはじめ、頭がくらくらしてきたところで思い立ったように部屋を出る。ここしばらくは体調不良により断酒。しかしだいぶましになってきたので、外へ。なだらかな丘稜の斜面、武者小路実篤の終の棲家を改造したその記念館のふもとに、『勝手に逃げろ/人生』に出てくるようななめらかなカーヴ、ナタリー・バイイがしゃれた自転車で疾走しながらこちらに向かってくるようなカーヴがある。4、5日前に通ったときには、数日前の雪による残景によって、ハンナ・シグラがそのラスト・シーンで小躍りする『パッション』を想起させもした、そんな場所だ。「なんてゴダールなロケーションに住んでいるのか」と思われるかもしれないが、しかし「その場所」だけである。こぎれいな住宅街の間を縫って、小さな坂道を上がり、シューベルトの遺作であろうピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 を小さく口で吹きながら、ちらほらと楽器ケースを担ぎながら歩く音大生の脇を通ってゆく。その歩行をじゃまするように、ひとりの小学生が、雪が凍結してそうなってしまったのだろう氷の塊をせっせとドリブルしながら向かってきた。空振り、そして天に向かって彼は笑った。――「そうだよ、可笑しかったら素直に笑うんだ。ひとりでいる時も、堂々と笑うんだ。」