日々の泡、泡の日々

ひさびさカレル・アペルの画集をパラパラと。アスガー・ヨルンとともにCOBRAのメンバーだったが、ドゥボール経由のシチュアシオニズムを充填させた絵画、というよりも戦後ドイツのエクスプレッショ二ズム(表現主義)に近いものとして見る。芸術国オランダの系譜上として捉えると、フェルメールゴッホ、ウィレム・デ・クーニング(のちアメリカ亡命)の次にくるオランダ的狂気の一端だが、狂気とは裏腹の、真にほのぼのとした安堵感も得られる。動物をここまで抽象的に可愛く描いたのも珍しいといえば珍しい。もってるのは西武美術館発行のものです。ちなみにジャン・リオタールがアペル論を寄せている。

 

 

⚫今年はツツジの存在感が例年より強く、あの色(絵具的にはマゼンタ、化粧品的にはオペラレッド)のサイケデリック感について思い馳せる。しかし万葉集にすでに「つつじいろ」の記載があるのだ。太陽光に照らされたあの色にはすべての色が含まれている。青もオレンジも黄色も茶色も含まれている、というサイケデリックの由来。ゲーテの色彩論とかちゃんと読めば科学的に理解できるのか。サクラにはヴェイパー(蒸気)感があるけど、ツツジサイケデリック。紫陽花には酷薄な情念しか感じない。尾形光琳ツツジ図ホンモノ見たことあるけど、サイケデリック感はゼロで江戸期はそうなのかもしれない。知らんけど。

 

 

⚫こちらもひさびさバスター・キートン。この時代の街並みいいな。建ぺい率もそうとう高く、雰囲気が穏やか。キートンを出現させたアメリカ、アメリカの身体の……ここまで行ったら病気の身体性だ。キートンは健康なのではなく、病気なのだ。