美術ノート 11



■ 藤本由起夫  n/t phonography/photography




phonograph フォノグラフは蓄音機のことで、エジソンが発明したということになっているが、音源が録音されたのはその20年前の1857年、(音楽関係者ではなく)印刷技師のレオン・スコットが行った、という。それ以前の楽譜もまた聴覚情報を視覚情報に変換したものだが、楽器を手であつかい、再生可能なものとして表現したもので、音の振動そのものを記録するレコードとはちがう。



こんにち、ビット単位でメモリー保存される音楽、ヘッドフォンミュージックとでもいうべきものは「響き」の縮小化、というよりも「響き」という概念を無効化しにかかっているとしか思えない。「体全体で音楽を聴く」という機会を持つにはわざわざ音楽が鳴っている場所へ行かなければならない。「首から上で音楽を聴く」機会はどこにでもある。両者の均衡がなしくずしになり、ヘッドフォンミュージックがたんなる耳栓音楽として機能するような場所では響きの波形はあらわれない。



藤本由起夫はレコード(塩化ビニール)やオルゴールの記録装置というアナクロニックなメディアを用いて美術作品、オブジェをつくり、展示した。大きなアクリルボードが2つ、天井から吊ってある。その間に体をもぐらせ、両サイド、50個ほどのランダムに配置されたオルゴールからいくつか選びとってネジを巻く。と同時にボードがかすかに揺れ動き、オルゴール特有の点在する旋律があちこちから現れる。目を開けている限り、ボードのかすかな揺れが体全体で把握され、音楽が歪んでいるのか、空間が歪んでいるのか、そのどちらでもあるのか、これは錯覚なのか、という捉えがたい空間に変容してゆく。



つぎに、作家自身が制作したというアルビューメンプリント(鶏卵紙)の印画紙に写された文字列。日光写真の原理で撮影されたもので、一見したところこれが写真だとはにわかには信じがたい。針で穴を開けて書かれた「phonography」「photography」の文字配列。ピンホールカメラの原理で穴を通過した光によって印画紙に焼き付けるという凝った手法は、光の変化、太陽の運行や雲による翳り、刻一刻と変化する大地をも記録する。宇宙的ニュアンスを孕んだロマンチックな作品だ。フレスコ画を描く際にも、実際の卵を使うらしいが、どこかしら色見が似ていたのは錯覚か、どうだろう。



あと「WITH HIDDEN NOISE BY MARCEL DUCHAMP」。デュシャンも音が鳴る箱型作品をつくっていたが、そのパロディなのか。小さなボタンを押すと、ざわざわと水が流れているような音が聞こえてきた。(2011−05)