近況




わたしは、細野晴臣という人がどうしても好きになれない。どうしても好きになれないということは、少しでも好きになろうとするという心の動きがあったからで、それは、以前つきあっていた人が細野晴臣のファン(そんな人は5マンといるだろう)だったからだ。

たしかに細野晴臣のつくった曲にもいい曲はある。YMO時代でも、どちらかといえば坂本龍一よりも、細野の曲の方が良かったりする。YMOではとくに『BGM』というアルバムをいちばん良く聞いたように思うが、よい曲だと思ったのは細野の曲の方が多かった。

ということはわたしの細野嫌いは別のところにある。細野の作る音楽の音楽性ではなく、別のところに。細野晴臣は、以前音楽と魔術(およびオカルティズム)を結びつけて考えていた。これは80年代半ばからおそらくオウムサリン事件後(アフターオウム)まで、つまりアフター1995年までの話である。坂本龍一はどちらかといえば音楽を神秘や魔術に結びつけることを嫌い、もっとメタフィジカルに、かつ原理的に考えていた。細野−中沢新一宗教学者)というペアと坂本−浅田彰というペアが成立していて、坂本−浅田のペアの方をわたしは優位に考えていた。最近のことだが、細野晴臣は、どこかで「魔術やオカルティズムに関心がなくなったからねえ」、とクールに告白していたのを知った。彼は最初から音楽における魔術性などには誠実な関心はなかったのかもしれない。ポーズやファッションで語っていただけだろう、といわれても仕方がないだろう。とわたしは思った。


同じようなことは、3・11東北大震災以降のアーティストのありかたについてもいえる。私の周囲にも、地震と正義とアーティスト活動を結びつけていた人がちらほらいた。いや、たくさんいた。・・・彼ら、彼女たちは、熱心に語り、そして活動していた。東北は・・・被災地は・・この日本で起こった悲劇は・・・などなどを主語にして・・・。私の知る限りでも、映画監督の河瀬直美がスイスからダニエル・シュミット監督を呼んで、高野山で3分11秒の映画を作って上映して寄付金・・・というようなたわけた企画をしていた。どうしてわずか、「3分11秒」であの大惨事を表現できようか!・・・そして、わたしが残念に思うのは、かつて熱く語り熱く行動していたけど、いつのまにかそのことに対して冷淡になっている人が多いことだ。彼ら、彼女らは一時的な「現象」にとらわていただけなのだろうか。