IMAGON 4

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IMAGON STUDIES vol.7

IMAGON STUDIES vol.7

<ゆっくり読んでねエイゼンシュテインをやんわり紹介しなおす> 

(予習はウィキペディア等で各自調査!)






▼「ういっっす!」
●「いっす!」
▼「よろしくお願いします。」
●「お願いしまーす!」
▼「予定では10時スタートだったけど、ちょっと早起きしちゃたんでちゃっちゃとはじめます。で、今日は、エイゼンシュテイン(以下エイゼン)の紹介ということで、始めたいけど、知ってる?エイゼン。」
●「知ってるわよ。『戦艦ポチョムキン』(1924)の人でしょ?」
▼「そうなんだよね。ポチョムキンで知っている人が多い。ちなみにポチョムキンはロシアの侯爵の名前。ポチョム菌じゃなかとですとよ。あしからず。」
●「なして?なしてや?・・・わっはっは正式名はグレゴリー・アレクサンドロヴィチ・ポチョムキン侯爵よね。、、しかしなんだか、今ごろ、今になって、今どういうわけか、エイゼン語るっていうのも・・」
▼「ダサイかね?ダサかね?」
●「うーん、ダサくはないけど、あんまし、需要もなさそうだし・・。興味ある人って、多分、東京で5人くらいじゃない?」
▼「じゃあ、全国で15人くらいかね、はっはっは。そりゃ失礼だな。・・そうだね、クラシカル・シネマでノスタル涙!みたいな古典派というくくりでエイゼンを懐古趣味的に語るのは決定的にダサイけど、<可能性の中心>を語るわけだからね、センター・オブ・ポッシブル。」
●「クラッシックって言う概念も厄介ね。カテゴリー処理能力って今、結構問われているし、カテゴラズできなきゃタグ付けできないっていう階層構造のなかでネットワークが動いている局面があるわけだけど、クラッシックっていったとたんつまらなくなるっていうのはあるよね。」
▼「そうね、やっぱゴダール語る方がエキサイトするしアメリSF映画通史語るほうが、もっと生産的なような気がするわな。」
●「それはそうと、ポチョムキン、この映画の<オデッサの階段>のシーンだけ、教科書的映画理論には頻発するのよね。」
▼「まあ、当時はそれだけの革新的インパクトがあったのか。」
●「でも、今見ると、ふううんって感じで、なんでこれがそんなに評価されなきゃけないのよっ、ってなるのよね。」
▼「そうそう、その認識のズレというか、ズレ認識がもたらす遠近感の狂いってすんごく重要だと思うんだ。温故知新とは言うけれど、古きものの同定性にメス入れして、新しいものとしてリーディングする場合のズレ、を導入しようとなると、そうとう厄介なんだよな。まあこれは思考のギャンブル性が残るゆえに、ね。」
●「永続的同定性っつうのは、一般的には映画制作上、不可避的運命をたどっているモンタージュの実践ってことになるんだろうけど。」
▼「エイゼンのモンタージュが商業映画、テレビドラマも含めてものすごく一般的になってしまって久しい、っていうことだろうね。下手すりゃ、ポケモンだって、妖怪ウォッチだって、エイゼンのモンタージュ理論使ってるんだから。」
●「端的に決定的に受入れられたんだよね。というか、あっていいはずの複数の映画の見方を<ひとつにまとめあげるように内面化した>、あるいは<諸制度が内面化させた>、という史実があるのよね。」
▼「これこれこうやって見るのが本来的に正しいんですよ。映画ってのは。っていうメカニズムを強固に推進したのよ。」
●「グリフィスは『イントレランス』(1916)で、シーンとシーンの並行性を大胆に見せることに成功した(パラレルモンタージュ)んだけど、複数の時間軸の操作がこのあたりから頻繁になされていくようになる。」
▼「同時に、当時マック・セネットあたりの単線的なスラップスティックがコメディ愛の強い大衆の主要関心であるにもかかわらず、スラップスティックはどこか正当的な評価を受けなかったんだよな。コロコロコミックが正当的な漫画雑誌としてなかなか評価されないというのに似ているな・・・」
●「アメリカ人も、もとを正せば結局ヨーロッパ貧困層の移民の集まりなんだけど、フレッシュな新世界のなかでいろいろ混迷した時期があったんだろうね。・・主に、文学、映画に関していえば、いわゆる<親探し>が始まったのがこのあたりで、グリフィスを正当的な映画の父親にしてしまった。というかでっちあげた。」
▼「そうそう、さらに付け加えると、間接的に映画の父親をヨーロッパの<ヴィクトリア調演劇>という名の祖父に再回収してしまったのよね。これは高橋悠治も指摘していることで、さすがだな、という気がするけど。」
●「ここまでくると映画の大祖父はヴァーグナーのオペラに見出せるというのが極論的仮説なんだけどな。ゆえに映画はメイド・イン・ヨーロッパに同定される。」
▼「演劇と音楽の<強シンクロ性>こそが映画の起源であった。と。」
●「トーキー以降の映画に関しては、一時的に言えることだね。」
▼「それはそうと、トーキーによる映画の演劇的退行が嘆かれはじめたのが1930年初頭なんだけど、トーキーが弁士の失業をもたらし、入場料つり上げて、中間搾取を進行させる風潮とあいまって労働争議なんかが起きていた。このあたりは、ベラ・バラージュなんかが指摘しているね。」
●「話が脱線しているけけど、ポチョムキンが撮られたのが1924年で、しばらくは検閲にひっかかって上映できなかったのよね。」
▼「そうそう。今見てもどこが?って感じなんだけどね。」
●「全集4に驚愕すべきその草稿<資本論映画化ノート>が掲載されているけど、エイゼンはカール・マルクスの<DAS KAPITAL>、『資本論』を映画化しようとしたほどのマルキストでもあって、『ポチョムキン』にしても船に閉じ込められたあげくひどい生活を強いられた水兵たちの叛乱の話、つまり1905年のロシア革命の話で、それ以前に、ある種のロマン主義的な革命待望論者でもあった。ってじっさい映画にある種の革命をもたらしたんだけど。彼は。」
▼「まあ、エイゼンの書文体なんかはエクスクラメーションマーク使い過ぎで、あっついな〜、この人。っていう印象はぬぐえないわね。・・・で、さっきの<映画の見方のあっていいはずの複数性>に関していうと、・・・」
●「まあ、見たものについてとやかく言うという現象はある種の普遍性を獲得していて、それはそれでいいんだけど、言説の諸偏差を、文学的、文芸的に回収した時期は確実にあるよね。」
▼「もちろん映画評論と文芸評論が密接にかかわりあっていたという史実がある。
●「今でもそうよね。阿部和重とか百歩譲って言っても、興味ないけど、小説家が中途半端に映画について語ると、ろくなことにはならない・・
▼「・・という歴史も現行反復しているね・・・こういうパラダイムはハスミが死んで完全忘却されるまで続くだろうな。国内的には。」
●「ハスミ・・って思わず言いかけるのをどうやって食い止めるかだよね。」
▼「はっはっは。そうだね、その通り。ハス・・・で止めるべき、」
●「ハス・・・実はレンコン??みたいな。」
▼「はっはっは。蓮の実は、・・・レンコン??・・・いいね、このセリフは。」
●「あえて映画評論と文芸評論の二元設定すると、後者が前者をオルグしたんだよ。なぜって、映画はまだ赤ん坊であって、親を必要としたから・・・映画は孤児であるべきだったのに・・・。」
▼「映像にはもともとコプラ・・英語でいうbe動詞に対応する繋辞がない、という指摘は戦時中の京都学派の俊英であった中井正一という美学者のものだけど、映像それ自体を<●●は○○です>という文法制御で解決するって、いうか、容易に言語化できるのは、見た感覚を一時的に解除しているだけで・・」
●「この感覚解除に文芸評論がよってたかったんだよな。」
▼「文芸野郎はテクノロジーコンプレックスが多いからなあ。」
●「そうそう、衣笠貞之助の『狂った一頁』(1926)のラストシーンなんか、エイゼンシュテインのいう映像的倍音効果(オーヴァートーン・エフェクト)のパクリだよ。」
▼「映像的倍音効果?何それ?」
●「まあ、あとで言うけど、エイゼンは音楽的教養もかなりあってね。そこが際立っていて面白い。」(以上8:31)








戦艦ポチョムキンオデッサの階段のシーン
 



中井正一全集 美学者の必読書
 



ハス







▼「『狂った一頁』は、当時川端康成が主導していた新感覚派がプロデュースした映画で衣笠は実際、エイゼンと面会している。」
●「その写真見たわ。エイゼンは歌舞伎が好きで、まあ日本びいきってほどではないだろうけど、日本語学習ノートとかちゃんとつけていたしね。漢字研究=モンタージュ研究。」
▼「宮本百合子なんかもエイゼンに会ってるね。まあ、衣笠の同行者なんだけど。」
●「そうね、川端に可愛がられた横光利一なんかは小説に映画的手法を取り入得れたと言われたりして・・・この話はあんまり面白いくないね。<映画と文学>がシナリオレベルでの政治が介入する場所で<映画と演劇>がシューティング/スクリーニングレベルでの政治介入。ここをいかに批判的に無視するかが今後の課題だよな。」
▼「どうして、映画の科学的客観性とか、そこから導きだせる(暫定的であれ、仮説として成立しうる)普遍的形式主義に着目しようとしないのかねえ。文学野郎は。」
●「さああねえ。試写会とかの政治に振り回されているだけだよ。少しでも文化的な位置を確保したい、という悲しい庶民感情。」
▼「話を元に戻すと、エイゼンは、ある意味映画の実体を作り上げてしまったので、映画の観念論は、映画の実体論を相手にする際に必ずエイゼンという壁にぶちあたる。」
●「映画の実体というか、科学的客観性よね。」
▼「ははは。エイゼンの実体論は、しかし、多くの観念論的操作の上でなされているので、観念論的実体論とでもいうべき、多彩さの上に君臨している。エイゼンの知的多彩さ、これはもう手に負えない。」
●「なんのことだかさっぱりわからないわ。」
▼「はははのは。現行の映画史において個々の映画がエイゼンが作り上げたパラダイムを一歩も脱しきれていないとすれば、それはエイゼンが少しも語られていないし、思考の対象となっていないからである。」
●「なははのな。わかんね〜〜〜!たとえばスマートフォンでさあ、動画撮ってアップするじゃん。あれってワンカット完結なんだけど、編集できたらもっと面白いのにね、」
▼「そうね、動画編集アプリをダウンロードして、って感じだろ?ちょっとめんどくさいよな。」
▼「スマフォで映画撮るのが今、もっともクール。」
●「ク〜〜〜〜〜〜〜〜〜ル&ザ・ギャング。そうね、ツーカットあればエイゼンに近づけるけど、ワンカットのままだったら、リュミエールだよね。」
▼「エイゼンは垂直のモンタージュってことを強調するわけだけど、この垂直性発動の起源よね。モンタージュそれ自体は。」
●「どゆこと?」
▼「逆に水平のモンタージュってことを考えてみればわかるけど、写真はすべて水平性の表現だよ。一枚の写真それ自体は。あと、つけくわえると、サイレント映画の多くは・・・メリエスの『月世界旅行』グリフィスの『散りゆく花』あたりまでは、完全に演劇の模倣だよ。正面性の水平的展開でおおむね成り立っている。」
●「モンタージュって、対象を時間軸に落とし込み、単線性を一時崩壊させる作業だから、それは時空間特化特定的な<写真=瞬間>のメディウムに対立するんだよね。」
▼「<見ることの一定持続=水平的時間>が写真の瞬間性を逆に保証しているわけだけど、映画の垂直的時間、つまりモンタージュによって再編された時間は、」
●「時間は?」
▼「この世界そのものだ・・・」
●「なんて?」
▼「この世界そのものだ・・・」
●「ホント!?」
▼「まさしく・・・」(8:59)






動画編集アプリ



メリエス 月世界旅行(1902 最初期のSF映画



衣笠貞之助











●「それではここでエイゼンさんの幼少期の写真を見てみましょう。」

●「かっわいい〜〜!」
▼「君の方がかわいいよ。」
●「またまた〜〜〜。」
▼「おっかさんはリーゼントだよな。」
●「リーゼント?ポンパドゥールじゃないの?」
▼「????・・・さっきの話に戻るけど、諸資料によると、衣笠貞之助監督の『十字路』っていう映画がヨーロッパで上映された最初の日本映画っていいうことになっていて、だからヨーロッパの日本映画認識にはkinugasaのネームヴァリューってあるとは思うんだけど、代表格はいまだにオズ、クロサワ、ミゾグチなのかな。」
●「成瀬巳喜男がパリで特集され、発見されたのもつい10年前くらいだからね。一度固まった評価は意外になかなか崩しにくいよね。」
▼「そうすね。昔、柄谷行人と話した時言ってたけど、西部劇ていうのは、日本のアキラ・クロサワの映画がイタリアで上映されて、その後メイド・イン・イタリーのマカロニ・ウェスタンがジャンルとして開発されたのが日本に逆輸入されて、日本人が命名したんだけど、日本人はマカロニ・ウェスタンのオリジンをクロサワに求めていないし、まちがって認識しているって言ってたな。」
●「それこそ柄谷ーニーチェの指摘する錯誤ー遠近法的倒錯だよね。」
▼「アメリカの西部劇のウェストとイタリアで使うウェスタンの概念自体もひょっとすると、ちがうのかもね。あ、マカロニという概念がくっつくからか!イタリーは。」
●「そうね・・・まあ衣笠の『狂った一頁』はちゃんと仕上がったにもかかわらず、マスターフィルムの紛失・・・で、1971年にフィルムが発見されて、その後フランスで公開された。」
▼「川端がノーベル文学賞とったのが1968年だから、川端と共同脚本の『狂った一頁』は受入れ体制万全だったのよね。おそらく。」
●「それにしても新感覚派って結局キュビズムダダイズムの影響受けたアヴァンギャルド志向だったとはいわれているけど・・」
▼「当時の前衛は、やはりマヤ・デレンの『午後の網目』とか、ルネ・クレールの『幕間』とか・・ハンス・リヒターの『リズム21』・・・、あとは画家のレジェが撮った『バレエ・メカニック』。これはYMOの曲でもあったよな。」
●「そうね、特に『幕間』はデュシャンとサティが出演していることで有名。」
▼「そうそう、たしかどこかのビルの屋上で二人がチェスしてんのよね。・・・まあ、たしかに衣笠、ないし新感覚派が前衛志向だといわれてもあまりそういう感じはしないんだよね。妙に中途半端なスノビズムだけで成り立ってたんじゃないか・・日本人の悪いところだけど、島国根性の裏返しとしてのヨーロッパに対するコンプレックス表出というか、」
●「そうそう、ニコル・ブルネーズという(現在のゴダール研究の最前線いってるといわれている)女性が書いた『映画の前衛とは何か』(現代思潮新社)という書物があるんだけど、これに1975年の衣笠のインタビューが採録されているのね。」



ニコル・ブルネーズさん



▼「ほう。衣笠の没年が1982年だから、死ぬ7年前のものだね。」
●「これ読むとわかるんだけど、衣笠はエイゼンシュテインの影響けっこう受けていると思われる。」
▼「なんで?」
●「・・・じゃ引用するね。

当時は映画を見るだけの時間がもてなかったが、若い知識人や映画人とよく議論していたものだった。プドフキンは、アメリカ映画を見ていて、ストーリーの語り方のなかに「余分なもの」が残っているのを発見し、仲間と一緒に驚いたと言っている。この余分なものを取り除き、本当の映画表現に至るために、モンタージュの研究を始めたのだという。わたしの出発点はまた別のところにあった。音楽が音符で組み立てられているように、映画の画面を組み立ててゆく。ピアノで曲を弾くようなことを映画でもやってみた。鍵盤を叩くような調子で一画面ごとに映画を組み立て、映画的で音楽的な効果を狙ってみたのであった。

▼「なるほど。出典はどうなっているのかな?」
●「繰り返しになるけど、1926年に完成したにもかからず、いったん紛失された『狂った一頁』が1971年に物置小屋から発見された。で、修復された上で1975年にフランスで公開された際に、映画雑誌<エクラン>1975年4月号に掲載されたもの。インタビュアーはマックス・テシエ。通訳担当はゴヴァース弘子ってなっているね。」
▼「ゴヴァース!」
●「ちわーす!・・・ゴヴァース弘子って何者なんやろ?こっちの方が気になるね。」
▼「ゴディバのウエハースがゴヴァース!」
●「あざーす!・・・それはそうと、この文章の後半部よね。これは映画そのものを音楽構造のアナロジーとして、捉えるということで、エイゼンも果敢に考察していたことなのよ。」
▼「最近では・・・最近でもないか、2009年に上梓された『アフロ・ディズニー』の中で菊地成孔大谷能生が、エイゼンの天才ぶりの一つとして、指摘しているね。」
●「そうそう、20世紀芸術史の中でもかなり重要なことだけど、初期の精神分析理論が芸術にあたえたインパクトの最復習という意味では、フリードリヒ・キットラーの著作なんかとともに、広く読まれるべきテクストだよね。アフロ・ディズニー。」
▼「ダリやブルトンが実践した、あるいは事後的に批評家連中が解釈したフロイト経由の超現実主義はかなり一般化しているけど、なぜか、(たとえば新ウィーン楽派が実践した)無調(音楽)の発見=無意識の発見というテーゼ(まあ、乱暴といえば乱暴なテーゼ化だけど)が(オーヴァートーン・・上方倍音ではなく)、下方倍音(アンダートーン)で成り立っていて、それを含めての超現実主義的芸術の世紀の始まりだったんだ、ってことはあまり言われてないような気がするな。」
●「ちょっと話がややこしいけど、要はある種の編集映像の効果は音楽的な効果となりうるってことを言いたかったのかね?そうすると現在の音楽PVの前提にもなるよね。」
▼「そうそう、そこで思いだすのが、衣笠の『狂った一頁』のラストシーンと『ポチョムキン』のオデッサの階段のシーン、つけくわえると『全線』の牛乳分離器のシーンの共通性なんだよね。ま、これは見た人でないとわからんと思うけど。」
●「衣笠が日本の文人たちなんかと一緒に視察的にロシアに行って、『ポチョムキン』をこっそり見て、ついでにエイゼンが言うところの<オーヴァートーン・メソッド/エフェクト>をパクった、ということでいいんだと思うんだけど。」
▼「ゴダールはカナダのモントリオールで行った講義録『映画史』の中でエイゼンが発見したのは、モンタージュではなく、アングルだって言ってるけど、これはこれで正しい指摘だと思うな。」
●「そうね。このアングルの発見が映画を演劇から遠ざける、(ルイ・アルチュセールの用語を借りれば)認識論的切断を促す決定的なファクターだった。」
▼「あと、トリミングっていう発想ね。対象=オブジェを引きで見るのと寄りで見るという<押し引き>を発明し、そこに編集による感覚的運動性を加え、ドラマツルギーに加担させた、ということかな。」
●「そう、エイゼンは日本の歌舞伎を見て、<見えきり>のポーズ、つまり<寄りのトリミング>がクローズアップだ、なんて、あっさり指摘している。こういう外部性に賭けるセンスがいいよな。映画ばっか見て、映画が理解できるわけない。スマートフォンのタップ&スワイプという動作を知って始めて、シカゴフットワークの良さが深く認識できるってもんだ。なんて。」
●「クローズアップもまあ、これも今となってはものすごく<フツー>な技法で何の新鮮みもないんだけど、ある種の歴史をちゃんと通過しているというレトロスペクティヴは常に必要なんだな。」
▼「話戻すけど、衣笠がインタビューで触れているプドフキンっていうのはロシア・アヴァンギャルドの映画系親頭でもあったクレショフの弟子で、彼はグリフィスの『イントレランス』にメロメロになったあげく、ゴーリキー原作のサイレント映画を撮ったりしつつ、エイゼンと一緒に『レフ』という映画雑誌、まあ当時の左翼前衛モダニズムの雑誌なんかをやっていたんだよな。そうだったよね。」
●「そうね。菊地/大谷の指摘は、エイゼンの書いた『映画における四次元』を取り上げているんだけど、エイゼンは実際映画のスコア化を多様に試みていて、これは未発表原稿を集めた全集第9巻や6巻に入っている『作品の構造について』でも触れているんだけど、ほんと細かいこといえば切りないのよね。」
▼「エイゼンの全集を読みこなした上で観賞し、批評するほどには、まったく日本の映画界も観客も成熟していない、というしかないのかな・・それはそうと8年前くらいかな、映画の連中がモダニズムモダニズムって言ってたわりには、誰もエイゼンのこと語ろうとしないでしょ。3・11以降も復興ニューモダニズムが支配的なトーンとしてあるにもかかわらず、ネットや刹那主義的SNSによる流動化が加速して、モダニズムアヴァンギャルドどころではない。超低レベルなこと言うと、だいたいスタバでお茶しているだけでモダンだと勘違いしているバカが多すぎる。・・で、逆説的に定冠詞つきの最悪事態、つまり大文字のザ・ファシズムが準備される状況が着々と進行しているんじゃないか、という感じもうっすらとするよなあ。まあありふれた厭世主義としてね。」
●「エイゼンは作品数が少な過ぎたという欠点があるかもしれないね。あきらかに思考偏重。」
▼「あるいは、左翼シンパによって囲い込まれたという歴史があるかもしれない。」
●「シャルル・ボードレールは<天才っつうのは充血と関係あるんやで。>と言ったし、天才という概念を最初に編み出したのはドイツ・ロマン派なんだけど、ザ・天才はボードレールじゃなくて、まさにエイゼンなんかにあてはまる。・・・で、ポチョムキンサイレント映画であったにもかかわらず、のちに、ショスタコヴィッチやプロコフィエフが音楽つけたりして何ヴァージョンかあるんだけど、日本で伴奏付き音楽会が開催された時に、当然というか、やっぱり、というか林光なんかが音楽をつける。ま林光もいい音楽書く人だし貶めるわけじゃないけど、そもそもサイレント映画なんやから別に音楽いらんやろ?って言いたくなるよな。」

日本でのポチョムキンの上映時、劇伴音楽を担当した林光さんの書いた資料(『ロシア・アヴァンギャルド3 映像言語の創造 付録』)


▼「エイゼンの全集の刊行にしても、最後の方はお金が足りなくて、西武セゾングループの主幹でもあった堤清二に寄付してもらった、なんて書いてある。」

●「偉大な巨匠ってことはみんな知ってんだけど、それだけでスルーしてんのが、実情だよね。21世紀に入って、エイゼンシュテンの可能性の突端を菊地/大谷というミュージシャンたちが取り上げてしまい、映画人から出なかった、ということは22世紀か23世紀に誰かが語っていることなのかも。・・あっ、まあ2025年くらいのことになるかな?」
●「ま、ともあれ、今回も脱線含みでいろいろ喋り散らしたけど、とにかくセルゲイ・ミハイロヴィッチエイゼンシュテインには汲み尽くせない映画理論/実践の新たな萌芽がつみきれないほどたくさんある。というキッカケくらいは今回は提示できんじゃないかしら?」
▼「そうすね、またあらためて語ることはたくさん出てくると思うんで、そのときまでおあずけ!・・・おわり!」
●「あざーす!」(9:40)


エイゼンシュテインの日本語学習ノート(写真は全集6に所収)



アフロディズニー』とその著者たち 菊地/大谷


真の映画怪物マエストロ エイゼンシュテイン